この空の行方

風凪



 灰色に霞む景色は、空か海か、或いは霧なのかさえ定かでは無い。  堤防の向こうはただ漠然と暗い色に淀んでいる。  冷たくも温かくも無い。ただ灰色は灰色然とそこにあるばかりだ。  もしかすると、そこには何も無いのかもしれない。  無感動な感触だけは何より確かだった。  未来はその灰色の彼方から吹いてくる温度の無い嫌な風を避けるように軽く顔の前に手 をかざした。白いワンピースの裾と、色素の薄い、長い髪がその風に舞った。 「……平気?」  その小さな背中を見守っていた遥はそう、声をかけた。  冷たいコンクリートの堤防の向こう、灰色の虚無の中に未来が飲み込まれてしまうよう な、そんな気がしたのだった。そんな彼女の懸念を笑うように未来は明るく振り返った。 「大丈夫よ、だから、約束通り連れて行って。ね?」  遥は溜息して未来と並ぶ位置まで歩を進めた。そうして並ぶと遥は未来よりも随分と背 が高く、細身の長身はまるで遠くから見ると少年と少女が並んで立っているかのようだっ た。見上げられて遥はついと視線を逸らした。灰色の、『何か』を見極めようとするかの ように目を眇める。 「未来は、この向こうに何かがあると思うの?」  未来はただ首を振った。 「分からないわ。ただ、知りたいだけ。いつから私たちの世界はこんなふうになってしま ったのかしら?こんな、悲しいことに。」 「悲しい……。」  未来にはそう見えるのか。  遥は依然堤防の向こうを見つめながら思う。自分にはもっと、そう、不気味に感じられ る。何があるのか分からない淀みが、海が見えるべき堤防の向こうに果てしなく続いてい る。向こうだけではない、堤防に沿ってずっと続いている。  遥も、未来も、それ以外の景色を知らない。  部屋の窓から見る景色はいつもそればかりだった。  何があるのか。  いや、それよりも。  何も無いのだとしたら?  それはとても恐ろしい仮定だった。 「約束よ。」  何も言わない遥を促すように未来が繰り返した。その言葉にはさりげなく、しかし確か に何かの熱がこもっていた。 「私が、自分で部屋から出られるようになったら連れて行ってくれるって、遥、そう言っ たでしょう?」 「……ああ、うん。」  ようやく灰色の淀みから視線を引き剥がして、遥は頷いた。なんだか自分の方が飲み込 まれてしまいそうだと思った。 「約束したよ。」 「だから、行きましょう。」  遥はもう一度、引き止められはしないかと淡い期待を抱きつつ尋ねた。 「未来はそれがどこだか知ってるの?何処まで行けば、この堤防がなくなっているの か。」  未来はやはり首を振った。  遥は未来の両肩に手を置き、その顔を覗き込むようにして言う。 「だったら……!そんな遠くまで駄目だよ、まだ部屋から出られるようになったばかりな んだから」  その言葉を、無言の、しかし強い瞳が遮った。 「私、知ってるの。私には時間が無いってこと。」 「そんな」  未来はまた首を振る。 「私のことだもの、私には分かるわ。だから、その前にどうしても知りたかったことに、 少しでも近付きたいの。きっとこの堤防がなくなるところまで行けば、この『何か』と地 面の境目が見えるわ。そうしたら、これが何なのか、私にも分かるかもしれない。」  止められない。  遥は、たまらなくなって俯いた。 「そんなことしたって、何になるって言うの……?」  未来はその声が震えていることに気付いたけれど、何も変わらずにただ答えた。 「分からない。ただ、私は、私の時間を使って出来ることをしたいの。それだけだと思う。 ……ごめんね。」 「え?」  遥は唐突な最後の一言に戸惑いを浮かべる。何を謝ることがあるだろう。 「ごめんね、遥まで付き合わせて。」  不吉な風に吹かれる小さな背中。  冷たく続く堤防のコンクリート。  その向こうに広がる、灰色の世界。  遥はゆっくりと顔を上げた。そこにもう涙は無かった。 「私にだって、私の時間の使い方がある。」 「何?」  未来は背中からかけられた遥の上着を片手でで押さえ、背中越しに見上げる。 「私は、未来と一緒にいたい。だから、未来が行きたいなら、行くよ。」  未来は一瞬、悲しく顔を歪めた。だが、すぐにそれは曖昧な、けれど深い喜びに満ちた 微笑に変わった。 「……ありがとう。」  我儘は、知っている。  それでもついてきてくれるだろうことも。  何処かで知っていた気がする。  卑怯な自分。  それを分かっていてもうれしく思えてしまう。  卑怯な、エゴイズム。 「どちらへ行こうかしら。」  堤防は左右とも切れ目無く続いているように見えた。とは言ってもすぐ先は向こうから の霧とも何とも付かないものの境目に沈んで堤防そのものが見えなくなっていて、どちら へ行けばいいのかさえ見当もつかなかった。  風は止まない。  温度も何の感触も得られない空気の流れはただ漠然と絶望的なにおいだけを運んでくる。  そこには何も無いかもしれない。  何も無ければ、世界はここから先でどうなっているのだろう。  遥は心の奥底に湧きあがる恐怖を堪えるように言葉を継いだ。 「未来の行きたい方へ。」 「じゃあ、こっち。」  白く、頼りない手がすっとひとつの方向を指し示す。  遥はその手を取り、手をつなぐ要領で、ぎゅっと握った。  未来も遥の手を固く握った。  そうして二人は歩き出した。  灰色に沈んでいこうとする堤防の傍で、その姿は二人寄り添っていてさえとても小さく 頼りなかった。時折短く言葉を交わしながら、二人は歩いていく。  その背中は、堤防の先と同じように、灰色の淀みの中へと消えていった。

end



 意味無し話でスミマセン。
 前に旅行猫から聞いた映画の筋で、塀の上を歩いて世界の終わりを見に行こうとするってのがあって、それを聞いてたらなんか私の頭の中で、「堤防の上(もしくは近辺)を歩いていく二人の女の子」に変換されてしまったらしくなんかずっとこういうカンジのイメージが出来ててちょっと書いてみました。こういうのをパクリと言います(笑)。
 灰色で何にも無い、というのは、私S・キングが好きで結構読んでいるのですが、なんかランゴリアーズという話で「世界が食われてなくなっていく(本当に何も無くなって無になる)」というのがすごく印象に残っていてなんかそんなカンジ?に堤防の向こうはなっているのかもしれないとやはり勝手に想像していて。こういうのもパクリと言います(笑)。
 我ながらパクリだらけです。