ORIGINAL



      ―――  ある日の日常  ―――   太陽の出ていない日が好きだった。              雨の降っていない日が好きだった。              道を歩く人の気持ちが、陽にも陰にも向いていない日が好きだった。              いつの頃からだっただろう。人の気というのに拒否反応を示すように             なったのは。少なくても集団生活を余儀なくされる年齢以前から。              人の気持ちを読めるわけではない。ただ、混沌を感じるのだ。身体全             体で。心全部で。             ―――辛かった。              だから、逃げていた。仕方がないと思っていた。              だって、辛いのだから。こんなにも…辛いのだから。              あの日、日に焼けた少年が自分の手を掴んで無理やり外に連れ出すま             では。             「優希、準備できたか?」              コンコン、というノックの後にあの日から変わらない声が続く。              優希の一番好きな声。              姿見でネクタイをもう一度チェックして、鞄を持った。日常、と言え             るこの瞬間が優希はあながち嫌いではない。平凡とか平和を自分ほど尊             んでいる十六歳も珍しい、という自覚さえあった。              先ほど反対側から小突かれたドアを開けると、学生服を着た三人の男             子が思い思いに朝のひと時を過ごしていた。しかし、主用は皆同じ。             「おはよう。」              待ちわびた姫の登場に三人の表情が一斉に緩んだ。和歌と口喧嘩をし             ていた陽はドアが開くなりフワリとソファの背もたれを飛び越え、猫の             ような着地を見せるとそのまま優希へと近づいた。そして心配そうに顔             を覗き込む。             「おはよ。昨日の夜は少し寒かったけど…大丈夫?」              優希は自分を見上げるビー玉のような大きい瞳にしばし見入ってから、             ゆっくりと頷いた。             「陽は今日も綺麗な目をしてるね。ビー玉よりずっと綺麗で、すごく好              きだな。」              こんな時の優希は、とても穏やかに笑う。心から愛しそうに。              一方の陽は、何言ってんだよ、と視線を外し口元だけで笑ってみせた。             優希が好きだと言う瞳に、戸惑いの色が浮かぶ前に。             「おはよう、優希。」              陽の後ろから和歌が声をかけた。陽と和歌の身長差は二十センチに近い。             二人並ぶとそれが如実に見て取れる。             「おはよう。」             いつもの仄々とした雰囲気のまま、和歌は自分の顔の下にある茶褐色の             頭をグリグリと撫でた。             「照れない照れない。」             「だぁぁからっ!やめろってばそーいうのっ!」              何度言っても止めようとしない子ども扱いに、陽は勢いよく噛み付く。             少しくらい背が高いからって調子に乗るなよ?!とソファに上って和歌を             見下ろすが、頭を撫で回すにはリーチが足りなかった。             「もうちょいこっち来い!」             「はは。可愛いなぁ、陽は。」              完璧に同じ年とは思っていない口調と、あくまでその場を動こうとしな             い和歌に陽の怒りは更に昇り調子。             「くっ…!やっぱ来んな!」             「ははは。」              嬉しそうに笑いながらも、和歌は結局ソファ側に一歩だけ寄った。              天邪鬼な行動に眉を吊上げる陽に対して、おいで、とばかりに腕を広げ             る和歌。またそれに反発する陽、と二人のじゃれあいに終わりは無い。              しかし、それもまた日常だった。             「はいはい、とりあえずガッコ向かって進む!」              頃合をみて次の場面へ移すのはいつでも橙のシゴト。何処からともなく             現れ、部屋の電気を消すことで登校を促した。そして、当たり前の様に優             希の手中から鞄を取りあげ自分の分とまとめて小脇に抱えた。             「ありがと。」              今日は英語の授業がある。              即ち、辞書が二つ。             「何が?」              敢えて尋ねた橙に、優希は軽く笑った。             「ありがと。」              そして、やはりそれも日常だった。              当たり前でいつも通りの、何より大切な彼等との日常。

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